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1月, 2015の投稿を表示しています

2015/01/31 みずがめ座11度 「自分のひらめきと向き合う男」

みずがめ座11度
「自分のひらめきと向き合う男」
Man tete-a-tete with his inspiration.


他者や環境といった、外部の影響から逃れ、自分の内面と向き合うのです。
自分自身に没入することで、忘我の喜びを知る。
そのときはじめて自我を離れて、真実に触れることができる。
なにも持たずになにもないところで、自分と向き合いひらめき待つ。

物事の判断の基準を外に求めず、自分の奥深く源泉へと降りてゆく、
または宇宙へと飛翔する。
上昇と下降、源泉は円環でつながっている。
そこから得るひらめきに自らの全てを委ねる。
本に書いてあることや、社会で当たり前とされていることには頼らない。
自分の頭で考えること、自分独自の発想をすること、
そして、自分独自の行動に出ることへのこだわりがあります。
それらがそろって本当の意味での創造性を発揮できると考える。
主体的に能動的に自分自身の内面と向き合い自分を磨く。

2015/01/30 みずがめ座10度 「一時的だと証明される人気」

みずがめ座10度
「一時的だと証明される人気」
 A popularity that proves ephemeral.

流行り廃り「人気」というのは、一時的であてにならないもの。
たとえば、若さと可愛らしさだけの、大人の手で作られたアイドルは、
いっとき人々にもてはやされて、時流に乗ったとしても、
旬がすぎればすぐに飽きられ忘れられてしまうでしょう。
なぜなら、
その人気は自分の力、人間的な魅力から得たものではないからです。

しかし、普遍的な人気作品や、歴史的な魅力ある人物というのは、
人気の度合いは変遷しつつも何時の世にも存在しています。
マリアとイエス、シヴァやブッダや、クリシュナ、サイババ、
マホメットもある意味でそういった仲間かもしれません。

他者の期待する役割を演じることで作られる「人気」が、
一時的なものだということを良く知らなくてはなりません。
空気を読んで周囲に合わせた自分を演じるのではなく、
自分自身が自分らしさを作り上げる。
時が経ても色褪せない自分自身のペルソナを作り上げ、
シーンにあわせて付け替える。
自分の本質はなんなのか、
自分は本当は誰なのかと考える。
客観的に自分を見つめて、やるべきことをやリ続けることで、
培われる実力こそが人を惹きつけ、ひとに力を与えるフォースをつくる。

2015/01/29 みずがめ座9度 「鷹に変化する旗」

みずがめ座9度

「鷹に変化する旗」
 A flag turned into an eagle.

風にひるがえる旗が、空高く飛び立つ鷹に見える瞬間。 それは、夢見たビジョンが姿をもって、形になるとき。 理想の現実化する瞬間なのです。
水瓶座の明晰な知性で、集めた情報をもとにして、
意図をもち、自分にとって最適なシナリオをデザインします。 主体的に、人生をロールプレイしていく。
突然のアクシデントや想定外のトラブルに、 いっとき混乱することがあっても、
その経験がシナリオに深みを与え、 さらに魅力的に「魅せるドラマ」が仕上がってゆくのです。

★旗と鷹は、射手座にも登場します。参考にしてみてください。 旗は象徴。旗はひとつの国家や集団のシンボルです。 というふうに、いて座12度「ときの声をあげる鷹に変化する旗」で書きました。

2015/01/28  みずがめ座8度 「美しい衣装を着た蝋人形」

みずがめ座8度

「美しい衣装を着た蝋人形」Beautifully gowned wax figures.


美しい衣装を着て、ショウウィンドウに立つ人形は、ある種の「モデル」であります。
アーキタイプを視覚化したものといえるかも。
蝋人形は見られるために作られ、飾られるもの。

リアルな生の現実よりも架空のファンタジーのなかに真実を見出します。
自分がしっかり想像できる世界、
シュミレーションとリアルな世界=現実には、それほど大きな差はないと考える。
想像できることは実現可能であるというように。

人間の肉体や情感などといった、うつろう不完全性を排除して、
冷静に計算し、コンピュータで実験でも行うように、自分の理想を実践していこうと試みる。
人間関係もその一部としてゲームやシュミレーションに似た感覚で、
生の感情を感じさせない、ということもある。
そのため、「内面がわかりにくいひと」と、他者からの共感を得にくい面があります。
しかし、そのぶん他者に煩わされることがなく、自分の時間を自分のために使う、
やりたいことができる、というのは大変なメリットかもしれません。

2015/01/27みずがめ座7度 「卵から生まれた子供」

みずがめ座7度

「卵から生まれた子供」A child born of an eggshell.

胎児を守る硬い卵の殻は、やぎ座のしめすローカルな枠組み、人々を縛りつけ搾取する体制の象徴。
うっかりバランスが崩れると、成長する前に殻が割れる・・・はたまた卵の殻が硬すぎれば?
どちらにしても胎児と殻の、柔らかさと硬さのバランスが悪ければ、生まれることも叶わない。

その硬く厚い境界を、自力で乗り越え突き破り、生まれ出る光の世界へ。
囚われの身には大いなる解放。はじめて見る光りあふれる場所は、
まるで、無限の広がりを持つ世界に見えることだろう。

血縁や地域などの地球的なルーツよりも、天から地上に降り立った「たましい」としての、いわば、地球的な伝統を超越した自分をリアルに感じたいという考えを持っています。どこにも属さず、ひとりの人や一つのことに深入りしない自分を、意識して作り上げるようとする。個人や家系といったローカルなしがらみを排除し、普遍的な価値へと向かう。もっと大きなルールや価値観に従います。そのため誰よりも開かれた博愛の人でありながら、そっけなく掴みどころのない冷淡な人に見られることがあるでしょう。それはしょうがないことなのです。自立は自律へと向かうのです。一人でも生きられる、tから、一人のほうが生きやすいへと。だって、ひとりだけどひとりじゃないことを知っているから。そんな生きる姿勢、目指す次元のスケールが違うことから自然に起きてるく誤解というものは、いつだってあるものなのです。

2015/01/26 みずがめ座6度 「ミステリー劇の演技者」

みずがめ座6度

「ミステリー劇の演技者」A performer of a mystery play.

人生はドラマ、自分という謎を解くミステリードラマ。
主観的な個人という枠から解き放たれ、ペルソナをシーンに合わせて付け替える。
シナリオを読み込んだ俳優がひととき役になり切るように、
その場所にふさわしい役割を読み取って演じます。
俳優はひとり、シナリオと配役によって千の仮面を付け替える。
そして舞台を降りると、本来の自分を取り戻す。
みずがめ座が求められる役を演じるのは、観客の期待に応えるためではありません。
こころの自由、精神の跳躍、自分の聖地、を守るため。
一つの役割に没入しすぎて、いつしか自分自身を見失う・・・
それを一番の愚ととらえるのがみずがめ座の本質かもしれません。

mystery playは神話の再現。そうすると、180度に位置するしし座の象意を思わせますが、
ここでは型にはまったこだわりを見せるのではなく、その場に合わせて型を演じることで、
こだわりのない自由さを表現しているようです。

2015/01/25みずがめ座5度 「先祖の委員会」

みずがめ座5度

「先祖の委員会」A council of ancestors.

お陰様という言葉があります。
自分は一人であって一人ではないということを知っている、 見えない支えに対する感謝を知ってるひとです。 自分を支えるネットワークの大きな意図を感じ取り、全体の一部としての自分を自覚し働きます。 そのときひとは個人の枠を超えて広がる意識の世界を見ることになります。
真の自立、本当の自由というものは、たった一人で成り立つものではありません。個であるためには全体の支えが必要であり、全体を構成するのもまた個であるからです。自分が自分がという我を外し、見えない次元で共鳴しあう意識の世界で築かれるネットワーク。そこには孤立も孤独も入るすきがありません。


Amazonクーポンで昨日観た映画「グランドブダペストホテル」
北欧、幻のズブロフカ共和国のグランドブダペストホテルのおはなし。
架空の国の架空のホテル、大人のファンタジー。でも、結構残酷で重いんですよ。

伝説のホテルグランドブダペストホテルの伝説のコンセルジュグスタフと、 新米ベルボーイのゼロのバディもの。(え?w ホテルがいいし、街がいい!おうし座の乙女心をわしづかみです。 で、グスタフの軽薄ないいオトコぶりが、可笑しみと悲しみを誘う、 この男の人の魅力がなんか双子っぽいんですよね。 わたしは、双子座のもつ軽さの裏の暗い悲しみというようなのを感じました。 足元の闇が深く重いがゆえに、上の空で軽くならざるを得ないような。深読みしすぎでしょうか。 この凸凹コンビがなんかすごくいいんです。ゼロのセリフ「口説かないで!」っていうのが結構ツボw それで、コンシェルジュの秘密結社があるんですよ。 鍵の会みたいなよくわからないけど、人種、民族、国の壁を超えたネットワークで、 高級ホテルのコンシェルジュのネットワークなんですが、 仲間の一人が無実の罪を着せられそうになったときに、 電話一本で、ネットワーク結集して、核心に迫るという機動力。これがすごくみずがめ座。



いやいやいや、思った以上に好みの映画で得した気分。 ウェス・アンダーソンさん99円で観ちゃってごめんなさい。 Amazonさんありがとう!でした。

2015/01/24 みずがめ座4度 「インドのヒーラー」

みずがめ座4度

「インドのヒーラー」A Hindu healer.

サビアンシンボルでは「インド」は「中国」と同じように、東洋の神秘や秘められた智慧の象徴です。「インド」はそういった西洋的視点からきたもので、ここではヨガや瞑想など、修行や鍛錬によって獲得する精神性や霊性やとして登場します。

現代でもヒーラーやセラピストは自営業であることが多いと思われますが、組織や国に依存せず独立的な道を模索し、自らの力で道を切り開きます。持って生まれた自分の才能を磨き、特殊な技術を開花させて、他者に広く貢献していくという、独自の活動を展開します。自分はほかの人とは違うのだ、特別な存在なのだというプライドがよい刺激となって才能を開花させ、新たな自分の世界を広げていきます。

しかし、自営業のしかも「独自の活動」である「あやしいヒーラー」が周囲の信頼を得るには時間がかかります。信頼というのはその人の人間性や才能よりも、身元証明や資格の有無などでなかば自動的になされることが多く、独立独歩で才能と実力だけを頼りにするヒーラーは受け入れられにくいのです。

このはなしを、あやしいスピ系の問題に限定してはいけません。自分で何かを独自に開発し、独立した自由な一匹狼として生きていく人たちは、どの時代にも一定数存在しています。そんな自立した気概あるひとたちは、外から見た時に一見あやしい詐欺師のように見える。実際に、中身の無いとるにたらない、ただの変人もいるでしょう。でも、わたしたちは、ここで見誤ってはいけない。それはとても大きな損失を招く。詐欺師の中からヒーラーを見抜く目を、自分で培っていくのです。

2015/01/23  みずがめ座3度 「海軍からの脱走兵」

みずがめ座3度

「海軍からの脱走兵」
 A deserter from the navy.

海軍は、
海=無意識領域+軍隊は縦社会の集団構造
=やぎ座の枠組みのなかでの無意識の重圧をあらわしているように見えます。

今までそれが当然だと従ってきたルールにふと疑問を感じて、その違和感に耐え切れなくなり、今いる場所を離脱する。それは周囲からみれば、反乱であり、裏切り行為ということですが、気づいてしまったら、もう自分に嘘をつき続けることは、もうできない。しかし、脱走しても兵士は戦う場所が変わっただけ。安息の地はまだ遠い・・・。

自分の理想のために属する共同体を離れ、自由な世界をめざして旅立ちます。
1度で信念を固め、2度でやぎ座の名残を払拭し、3度で具体的な行動に出ます。
海は集団意識を意味し海軍は個人の感情を抑圧し集団として規律で管理する。
脱走兵はつまり個人の心の自由と自立を求めて逃走するわけです。
脱走兵というワードはセンセーショナルでありショッキンな響きがありますが、
集団的に同意されていること、あたりまえとされていることに敢然と異をとなえるため、
周囲の人々にショックを与え目覚めさせ、考え方に影響をあたえる働きをすることも。

2015/01/22 みずがめ座2度「予期していなかった雷雨」

みずがめ座2度

「予期していなかった雷雨」
 An unexpected thunderstorm.

この雷雨は恵みの雨なのか、、
これは待ち望んだ雨なのか?
それとも、荒れ狂う迷惑な嵐なのか。

現れた試練、2つの要素の葛藤に動揺する
嵐のような状況の中、天から雷光のひらめきが舞い降りた。
葛藤に荒れる不意の嵐が、そのとき恵みに雨に変わる。

天から地に向かい打ちつける雷雨は、
神の意志というように、
恵みの雨にしろ、怒りの雷槌にしろ、
人の力ではどうしようもない、
人間の思惑をはるかに超えた、
壮大な自然現象だといえそうです。

1度で、理想の世界を求めて、
故郷を飛び出したみずがめ座は、
理想の地に自分自身でレンガで伝道所をうちたてました。
しかし理念の追求には土の堅牢な伝道所など必要はなく、
人々に思想を伝え知恵を継承していくだけでいいのだと気づきます。
レンガの伝道所はやぎ座の土の名残であり、
その古い枠を壊して従属しないひとりの私として歩き出す時、
真実の理想の実現への道が始まるのです。
予期されなかった雷雨は、タロットカードの塔を思わせます。
塔から星への明け渡しがおこるとき。

理想の追求のために家を出て、
新転地で理想のもとに新しい家(塔)を建て、
住み慣れて古くなり馴染んだ頃に、
突然の激しい雷雨によって家が壊され、また建て直す。
天の意思の雷雨によって、すべてを失い、ゼロになる。
希望の星が煌々と輝いています。


2015/01/21  みずがめ座1度  「古いレンガ造りの伝道所」

みずがめ座1度
「古いレンガ造りの伝道所」
An old adobe mission.

自分の理想を追求するために住み慣れた故郷を後にして旅立つ。
生まれた家を飛び出してゆく。信念のもとに自分の使命を果たすため。

やぎ座社会の、枠の中での安定や、世俗的なちいさな成功を嫌い、
時代の変化や、国や人種の違いに左右されない普遍性にあこがれて、
精神の自由と真の人間性をもとめて、心の声に従って衝動のままに、
全てのしがらみを断ち切って、自らの思い描く理想の新天地を求めて歩く。
ひとりで新しい理想の環境を築くのだと、覚悟を胸に旅立った土地で、
思い描いた理想の形である伝道所にたどり着く。
それはさびれた土地の、ふるびたレンガのミッション。
あなたと同じ道をあなたよりずっとまえに歩いた先人たちの打ち建てたミッション。


カーメル伝道所、1794年、ジョン・サイクス画

神話は社会の、公共の夢であり、夢は個人の神話なのだとキャンベル先生は言っています。
あなたの個人的な神話である夢と、社会の神話がマッチしていれば、あなたは社会の中で調和している。
枠の中に収まって、健康で幸福に生きているということです。
でも、もし、あなたが逸脱していたら、
もしあなたが不幸ならあなたはいずれ、暖かい家を後にして、旅に出なければならなくなる。
冒険の旅に出るのは早い方がいいかもしれない。
旅立ちを先送りすればするほど、あなたは精神の死の縁に追いやられるだろう。



2015/01/19 やぎ座30度 「秘密のビジネス会議」

やぎ座30度

「秘密のビジネス会議」 A secret business conference.


一般には知られていない情報や
庶民は知るよしもないような情報など、
高い視点からしか得ようのない情報を、
独自に受け取り、広く深い知識を持つことになるでしょう。

会議のメンバーはその団体のトップに立つ主要人物と決まっています。
やぎ座が象徴する集団や組織を、発展成長させていくためには、
やぎ座らしく現実的でありつつ、
次のサインの水瓶座の未来志向を取り入れることが重要になる。
未来的な、外では認知されていない数歩先をゆく考えをもつことなるため、
同意を得られることはまだまだ少ないでしょう。

その情報が秘密にされているには事情があります。
それはまだ、あたらしすぎるのです。
それはとても、本質的すぎるのです。
それゆえ、その情報は多くの人の同意が得られるものではないのです。
いまのところ、それを知っている者はいわゆる特権階級と言えます。
この同じ場所に立ち、意見を交換できる相手は限られている。

本当の意味で自立した人の発想は、
一般的な価値観に見られるような優しさや思いやりや、
通常の人間関係で馴染みのある情緒的なつながりなど、
そういったものからは逸脱して見えることがあります。

この情報はやがてくる未来の理想の実現のために役立てられるものなのです。

2015/01/19 やぎ座29度 「お茶の葉を読んでいる女」

やぎ座29度

「お茶の葉を読んでいる女」 A woman reading tea leaves.


鳥になりやぎ座の境界を超え、
水瓶座の広い視野から得た情報を、
もう一度やぎ座社会に持ち帰り、
それによりあたらしい未来を組み立てる。
未来への予感と、今見えている現実の比較、
ふたつのもをすりあわせ未来へのビジョンを固めます。

ものごとを客観的な視点から正しく比較していくとき、
その透明で偏りない視点はある種の予言性をもち始めるのです。
そのあと出た言葉は言葉はある種のメッセージとして、
まるで一粒の種のように、深く人の心に底に落ちる。

そして、いつか言葉の種は芽吹き、
目に見える世界にあらわれてその姿を見せる。
さて、この種からは一体どんな花がさくのでしょう?

29度は、次のサインへの以降の準備の段階です。
その準備は二つのものを比べて相対化することからはじまります。

海外に出てはじめて自分の国のおかしなところ、
すばらしいところがわかるというのはよく聞くことですが、
国際社会(水瓶座グローバル)からみて日本(やぎ座ローカル)はどうか?
というような比較です。

紅茶占いはカップに残った茶ガラの形や、
ミルクの渦巻きの形から未来を読み取ります。
目に見えるすべてのものからメッセージを読み取る、
イメージを受け取りふくらませる、
そういった脳力は女性性の強みといえるでしょう。

2015/01/18 やぎ座28度「大きな養鶏場」

やぎ座28度
「大きな養鶏場」 A large aviary.


この大規模な養鶏場は、
見晴らしの良い、人里離れた山の上にある。
鳥は風の象徴であり、インスピレーションをつれてくる神の使い。

鳥達は風に乗り山や渓谷をこえ、自分の山に情報を持ち帰り
自分の山の地盤を強化し、外においてのネットワークを同時に築く。

鳥達はうれしいと鳴き
楽しいと歌い、苦しい悲しいと歌い鳴く。
鳥の鳴き声や、風の音や、自然現象に天の声を聴くことと、
体の声を、心の声を聴くことは、実は同じことなのかもしれません。


情報が交差する見晴らしのよい山のてっぺんで、
養鶏場という大きな枠の中と外を自由に行き来する。
視線は次のサインの水瓶座に向いている・・・
けれども山羊座はやぎ座、山から完全に離れることはできません。
もどかしい感じがついてまわります。
しかし、枠の中での自由は保障される。
身体は組織のなかにありながら精神の自由を手に入れる。


山の頂上に立つこと、
遠くにそびえる山々の頂上をあらたに目にするということです。
一つの経験のピークを知ってしまうことは、
他にはもっとべつのピークがあると知ることでもある。
ほかの世界をひろく知り、新たな展望を得ることは、
とても特権的なことなのですが・・・
ゴールを目指して走ってみたら、
ゴールの先にまだゴールを見つけてしまう。

見なければ知らなかったことを知ってしまったゆえの幸と不幸。

努力の末に目的を達成し、地位を得てみると、
全く違う新しい世界の広がりが外には存在することを知る。
山に登ったらいずれ降りる時がくる。それは宇宙的な法則です。
頂上に立つことで知らされることは、
ピラミッド構造の世界から脱出するためには、
ピラミッドの頂点に立つ必要があるということです。

2015/01/17  やぎ座27度[山の巡礼」

やぎ座27度[山の巡礼」 A mountain pilgrimage.

山の上には悟りがあり、下の里には生活がある。
日常の生活を捨てて、心の平安と悟りを求め、
巡礼は山の天辺にある聖地を目指し険しい道をゆくのです。
たゆまぬ努力と向上心で求めるものを手に入れるため集中していく。

山がなければ登れない登れない。
登らなければ上にはいけない。
そして、
上にあがらなくては、下に降りるという経験もできません。
上と下、双方に足場を作らなくては意味が無い。

登るときと降りるときの景色の違いは、
自分で経験してみないとわかりません。
目に見える景色の違いから、
雲の流れのはやさ、
風の冷たさ強さ、
陽射しの色、空気の匂い、
山の上と下では全く違うもの。

両方を知らないと、片方もない。
もしも下しか知らなければ、下しかないということで、
それはもう、上も下もなく「ここ」しかないということです。
知らないものは存在しないも同じこと。

上で生まれて下に降りる生き方というのもあり、
下しか知らないまま死んでいくこともあるでしょう。
自分のいる場所しかしらなければ、他はないも同じなのです。

巡礼は下から上を目指します。
天辺からは下がよく見えますが、自分のことは見えません。
まず、最低と最高のどちらかを知り尽くすことから、
全体の統合は密かにはじまっている。

2015/01/16 やぎ座26度[水の妖精」

やぎ座26度
 「水の妖精」 A water sprite.


長い歴史のなかでつちかわれた伝統文化を味わい尽くし、
その深みから上澄みをすくいあげる。
自然の中からエネルギーを汲み上げるように、
純粋なエッセンスとして自分の力に変えて使いこなす。
見えないものを見える世界に活かす働き、それが水の妖精です。

湧き上がるイメージの発露としての芸術的表現力。
にじみ出る豊かな感受性、あふれる優しさが人の心を癒します。

自分が親しみ馴染んだ環境と、
その環境の元となっている古きものとの繋がり。
そこからくみ上げた、善きもの美しきものを復活させます。

水は情感や感受性を意味し、共感や同化をあらわします。
魚心に水心、易きに流れる、情に溺れる・・・
というふうな言い回しがあるように、
下へ下へと低い方へと重力に従い流されていくものです。
そのように、
水というのは、
心身に馴染んだ懐かしさと煩わしさへと向かうもの。
未来ではなく過去に向かう性質があるものなのです。

目に見える現実的な成功や幸福には、見えない心や精神の充足が欠かせない。
いつでも見えない世界が見える世界を支えている。
これはどこでどうやって生きようと変わりがない法則なのです。

2015/01/14  やぎ座25度 「東洋の布を扱う商人」

やぎ座25度

「東洋の布を扱う商人」An oriental-rug dealer.

空間的に制限を受けた共同体の澱んだ空気に、
新しい風を吹きこみます。
ここでは異国から希少な布を持ち込む商人のように、
一度属する共同体の外に旅立ち「戦利品」を持って帰還する者、
ということが重要なのかもしれません

自分の属する環境に、異質なものを外から持ち込み、
自分の属する文化に新しい活力を取り入れるという試みと、
異文化を吸収して自分のものにしそれを使いこなす能力。

オリエンタルな唐草文様、アラベスク、幾何学文様、
その昔、西洋から見た東洋のイメージは神秘と謎に満ちていた。
同じ品でも産地によっての特色や、
その土地の職人の家系によっても特徴があったでしょう。
地位やお金のある人々はこぞってもっと刺激的な品物を!と、
珍しい東洋の布や品々を仕入れ商人を重用した。
美しい布やスパイスとともに仕入れた異国の土産話は、
人々を新鮮な刺激で魅了したことでしょう。

珍しい敷物が価値をもつのは、単にモノとしての価値だけではなく、
その物の希少さと、限られた人しか持つことができないということから、
地位の高さと身分を誇示するステイタスの象徴でもあったのでは。

狭い世界に閉じこもるのではなく、
いまここにはない刺激を求め外の世界に開かれていく。
そして、境界線を超え外から珍しいものを引き込んで共同体の新陳代謝を促します。
25度はサインの完成される度数であり、
ここから先は次のサインへの移行を視野に調整に入っていきます。

2015/01/14 やぎ座24度 「修道院に入る女」

やぎ座24度
「修道院に入る女」A woman entering a convent.

修道院は世間的な価値観から離れて本当の自分に戻る場所。

自らが属する集団を、支えるルーツのようなもの、
その形のない根本に意識を向ける。
そして、そこから知恵や伝統をすくいあげて
いまここで、
現実の社会のなかで役立てることに理想を求め、希望を抱く。

修道院は外の環境から隔離され守られた、
山の上のように安全な場所にあります。
閉ざされた修道院に自ら入る女は、
その修養と精神の探求のための空間で、
自分自身の身体を超えた意識の体験と出会う。

形を何も持たないかわりに、
精神の無限の広がりが得られる場所。
俗世の重い荷を背負った人々がやってきて、
荷を手放して身軽になってまた里に還っていく、
山の上の修道院はそんな場所。

「なりたい私」にチャレンジしていく私と、
「求められる私」に答えていく私とが山の頂上で交差する。

受容的であることに積極的になれる場所。

2015/01/13 やぎ座23度 「戦争での勇敢さをたたえる2つの賞」

やぎ座23度
「戦争での勇敢さをたたえる2つの賞」
Two awards for bravery in war.

人より多くの褒章を得る者は、
人より多くの傷を負い、犠牲を払っているものです。

ここでは勝敗の結果だけではなく、
戦いをくぐりぬけた戦士の勇敢さに賞が与えられている。
しかし、そこまでの評価を得ることは並大抵のことではなく、
責任とともに個人的な楽しみを犠牲にすることもあるでしょう。

社会的な勝利は多くの財を手に入れることや、
高い地位を得ることかもしれませんが、
それは現代の社会が作り上げた常識的価値で、
個人個人のほんとうの幸福と一致するとは限らない。

あらゆる要素を考慮して、
物事を多面的に捉えるバランス感覚があります。
相反するふたつの仕事を掛け持ちするなど、
異なる体験を積む中で二つ以上の価値観を取り込みます。
野心的に上をめざして突っ走ることもできるし、
それに飽きれば競争からあっさり降りることもできる融通無碍なひとです。

2015/01/12 やぎ座22度 「敗北を優美に認める将軍」

やぎ座22度

「敗北を優美に認める将軍」
A general accepting defeat gracefully.

敗北を認めて競争から降りたとき、
はじめて本来の自分らしさを取り戻すことができるのです。
ひととくらべてどうかではなく、
人と競って勝った負けたの勝ち負けではなく、
本当の自分はどうか?それが一番大事なこと。

表面的な勝敗を競うことに飽きて、
実質的な利を得ることに関心を向ける。
わかりやい勝利は敵にゆずってしまうがいい。
そもそも勝ち負けなんかに価値はなかったと、
真実を知る瞬間、本当の自分の人生の勝利者になるのだ。
ひとなんかどうでもいいじゃないか、
自分は自分の人生において、
自分自身にとってもっと価値のあるものを手に入れるのだ。

その価値は周囲には理解されないかもしれないが、
人から勝者として賛辞を受けるよりも、
得難い価値のあるものを手に入れられる。
本当の幸せは自分自身が決めるものなのではないのかね。


2015/01/11 やぎ座21度[リレー競争」

やぎ座21度[リレー競争」 A relay race.


同じスタートラインに立ち、同じゴールを目指して走る。
決められたコースから逸脱することなく、
全体の中のひとりとして個性を発揮する。

自分一人の問題ではなく、
みんなで受け継いだものを守ってゆくこと、
集団として競い合って実力をのばし成果を上げ、
枠のなかでの評価を受け、決まった枠のなかで得る自由を味わう。

リレーはバトンワークがすべてをにぎる。
チームワークを乱さないで調和的に、
スタンドプレーを避けてメンバー全員が協力し合うことで
チームに参加し貢献すること、個として集団のに参加して貢献してゆく。

レベルが上の者は下の者を引き上げ、全体としての競争力を底上げする。
個人の力を主張するのではなく、
集団に溶け込むことで全体として強力になっていくことに意義を求めます。

21度はそのサインの特徴をあらわすピークにあたり安定度も増す場所です。

人から人へと手渡されるバトンは、継承を意味します。
やぎ座は土星を支配星とするとこからもわかるように、
先人から学び、成熟した大人として社会と関わり、
社会全体に対して貢献していこうとするサインなのです。

2015/01/10  やぎ座20度「歌っている隠れた合唱隊」

やぎ座20度「歌っている隠れた合唱隊」
A hidden choir singing.


いつも、どこでも、
見えないものが、見えるものを支えてる。

歌声だけが聴こえてる、隠れている合唱隊。
見えない姿は高次の力の顕現化。

グループが声を合わせ歌う合唱は、
個人が目立ちすぎるとハーモニーが台無しになる。
目立ちすぎず抑えすぎず、
空気を読んで、周囲に合わせ調和を保ち、
それでいて自分の声を出すこと。

控えめに地道な努力を重ねることで、
仲間ときもちを分かちあい、
個人の創造性を多くのために役立てる、
そんな調和的なよろこびがあります。


2015/01/09 やぎ座19度「大きな買い物袋を下げた5歳程度の子供」

やぎ座19度「大きな買い物袋を下げた5歳程度の子供」

A child of about five with a huge shopping bag.

子供は大人の真似をして成長します。
ママため、ママのようになりたいと五歳の子供が背伸びして、
大きな買い物袋を下げてはじめてひとりでお買い物。
好奇心いっぱい「ひとりでできるもん!」と、元気に家を出てみたけれど、
ほんとは不安でいっぱい、ちょっと後悔、
ほんとにできるかな、期待と責任で重たい袋
でも、やらなくちゃ、頑張らなくちゃ!
家族のためにママの役にたつために!

自分の役割をはたそうと「仕事」に精一杯手を伸ばしチャレンジする。
目的意識を持って仕事に集中する姿にはもう大人の片鱗が見られます。

大人なったいまよりも子供だった記憶の中の五歳の自分の方が、
純粋で賢かったのではないかと思うことがあります。
もしかしてもしかすると・・・
魂としての成熟度は生まれた時から、
変わっていないのかもしれません。

大人になるということは、見せかけのよけいなものを抱え込んで、
本質を見失っていくことなのではないでしょうか。
一度すっかり見失い、元型さえ見えなくなったあとで、
あらためて、新たに回復していくところに、
人間性の完成があるのかもしれません。。

2015/01/08 やぎ座18度「イギリスの国旗」

やぎ座18度「イギリスの国旗」The Union Jack.



国境のない海と空、
七つの海の上と空の下に自由と秩序をもたらすユニオンジャック。
その旗の下に立つ者は、自分はどこに属するものなのかを、言葉なくして語ります。
個人としての自分が誰なのかはここではあまり問題になりません。
属する集団のために自分の欲求を抑制しコントロールする。
やぎ座の本質、大人のサインとしての完成へのプロセスが始まります。
旗の下に属することで管理され、ルールに縛られ不自由を感じる反面、
枠の中での自由が保証され、旗に従う限り個人として守られるという恩恵を受ける。

強制をうけるのではなく、自ら納得し属する場所のルールに従うという、
自己コントロールの力を身に付けたとき、ひとは真の成長を果たすのかもしれません。

2015/01/07 やぎ座17度 「密かに裸で入浴する少女」

やぎ座17度

「密かに裸で入浴する少女」 A girl surreptitiously bathing in the nude.


大人の殻で覆われた、
やわらかで純粋な心を解き放ち、もっと自由に生きたいと願います。
真に成熟した大人になる道は、
自分のはだかの心と向き合うことから始まります。
本当の望みというものは、大人になってゆくうちに、
自分自身もすっかり忘れてしまっていたりするもんです。

生まれてからは親や保護してくれる大人の価値観に染められて成長し
「世の中」に放り出されてからは、社会の「主流」に迎合せざるをえなくなり、
本当の自分の顔すらわすれてしまう。
春が来たら冬のコートを脱いで身軽になるように、
いま必要ない服は脱いで仕舞っておきましょう。

鎧も装飾もすっか脱義捨てた生身の自分、
ありのままの自分自身と向き合うことは、
これはちょっと体力の知る作業です。
わすれてしまった本当の望みを思い出す鍵は、
自分自身の内なる子供との対話にあります。
言葉に抵抗があれば自分自身の無意識と呼んでもいいかもしれません。
自分の無意識ちゃんと仲良くしてみることです。
子供の頃好きだった本や映画をみて、
休日のひとときファンタジーに没入してみる。
好きだったけどやめてしまった趣味をまたはじめてみるとか、
時間ができたらいつかはじめようと思っていることがあったら
今すぐにはじめてみてはどうでしょう。
いつか、なんてずっとこないとも限りませんからね。

2015/01/06 やぎ座16度 「 体操着の少年少女」

やぎ座16度
「 体操着の少年少女」
Boys and girls in gymnasium suits.

15度のおもちゃで遊んだ子供たちは、
豊かに情操を伸ばし健やかに育ちました。
少年少女たちは、集団性とそこから湧き上がるエネルギーを、
体操着は活動力と身体性を象徴している。

16度では、みんなそろって体操服を着て、
校庭で息を合わせ団体競技を練習する。
子どもたちは学校の集団の中で社会性を身につけていきます。
ルールの中で子供の中の大人感覚を目覚めさせ、
大人の中に眠る子供の心を遊びの精神で呼び起こす。

本当の意味で大人の意識を身に付けるためには、
心の奥に隠れた内なる子供を遊ばせて和解する。
ルールや義務で縛られることに息苦しさを感じ、
もっと自由に遊びを取り入れ社会のなかで自分を活かしたい、
楽しみながら生かした、という素直な欲求が湧いてきます。
その想いを抑圧するのではなく直視して対話をもつとき、
本当の大人意識が目覚めてゆくのかもしれません。

2015/01/05  やぎ座15度 「病院の子供病棟にあるたくさんのおもちゃ」

やぎ座15度
「病院の子供病棟にあるたくさんのおもちゃ」
Many toys in the children's ward of a hospital.

わたしの中の創造性という子供をすこやかにそだてるために、
笑顔と子供のような笑い声で光を呼び込みます。
どんなときも子供らしさを忘れないこと、
いつもこころに喜びとユーモアを。

病院は病んだ人や傷ついた人を癒やす場所、
再び社会に出てゆくために元気を取り戻すところ。

闘病する子供たちが子供らしさを失わないよう、
治療の助けになるように、
病院におもちゃを贈る健全な思いやりのある大人の姿。
日々の暮らしを通して社会に貢献してゆきます。
世界を良くしていくためには未来志向でゆくこと、
子供を正しく育てていくことが一番大切なことだと考える、
あるべき正しい大人の姿です。

2015/01/04  やぎ座14度 「花崗岩に刻まれた古代の浮き彫り」

やぎ座14度
「花崗岩に刻まれた古代の浮き彫り」
An ancient basrelief carved in granite.

遠い昔に埋もれて忘れ去られた古代の遺物を、
土の中から掘り起こし光を当てる。
本質に迫る発見への驚きと感動。
未踏の森に踏み込んでみたら、
そこは太古の歴史を刻む遺跡であった・・・と、いうような、


自分たちだけの少数精鋭の初めての取り組みが、
歴史の間では繰り返されてきた既存のものであったと知るとき、
人類に共通する普遍性を感じ取り孤独感がきえさる。
満足と喜びと同時に一抹の寂しさも感じるときです。
わたしだけの特別が、多くの人びとに認められる喜びと悲しみ。

いま我々の生きるこの時代のこの世界に、
まったく新しいことというのは、もう存在し得ないのかもしれません。
全てが出尽くしてしまっている。
それでもなお人間は、新しい試みをせずにはいられないのです。

今までにない組み合わせはないものか!?
あれとこれと、こっちとあっちと、組み合わせを変えてみる、
試行錯誤の末「これだ!」というひらめきを得て掴んだものが、
やはり過去にそっくりに存在していた・・
その気づきは失望であるとともに、懐かしさを呼び覚ます。
それはある種、悟りに似た静かで深い喜びであることでしょう。

2015/01/03  やぎ座13度 「火の崇拝者」

やぎ座13度

「火の崇拝者」 A fire worshiper.

土の中に燃える火を宿す。
すべてのモノの中には、魂の火が息づいていて、
その火の熱と光がモノを動かしているのだ。

目的を現実化するために集中力を発揮します。
強い目的意思をもって自分の思い描く理想を追求していきますが、
興味を持てないことには極端に無関心になったりと孤立しやすい一面も。

やぎ座の土は目に見えるもの形あるものへと関心を向け行動を続けますが、
火は精神性、憧れ、理想、知識欲や向上心、生命力、
そして形のないたましいを象徴します。
火は上へ上へと燃え上がり、全てのものを燃やし尽くし灰にする。



拝火教=ゾロアスター教は、古代ペルシア起源の善悪二元論的宗教です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/
この世界は、善と悪の二神の戦いの場だという。

この度数を持っている知人に、オカルト好きな方がいらっしゃるんですが、
ご本人はとくにオカルト好きではないけど、存在自体が魔術的な方もいたりして(謎、
精神世界的なというか・・
魔術的な色あいの濃い度数だという感触が個人的はあります。

2015/01/02 やぎ座12度 「講義をする自然の学徒」

やぎ座12度

「講義をする自然の学徒」A student of nature lecturing.

自然のなかに息づいている、全てを支配し動かす宇宙のシクミ。
生命の神秘の謎を解く・・・
そんな大きすぎるテーマに自ら飛び込み、
未知の世界の探求に生きがいを感じ、自らを捧げる人たちがいます。


少数の仲間と閉鎖的な環境で特殊な研究をするような、
一般世間には知られていないこと、ありきたりでないこと、
たとえば最新技術、先端科学・・・
自然界の謎を解く、そんなふうなことに情熱を傾けてゆくひとたち。
ふつうはなかなかひとには理解されない高度なことを、
閉じられた環境で集中して作業を進めることは、
ある種の特権階級的でもあり知的な興奮と感動を呼び起こす。
やぎ座のここらへんは大変ディープでギークな度数です。

2015/01/01 やぎ座11度 「キジの大きな群」

やぎ座11度

「キジの大きな群」 A large group of pheasants.

少数のマニアックな集団で、
自分たちだけの特別ななにかを作り出します。
一般受けはあまりしないかもしれませんが、
それがマニアというものです、
マニア=特別なんですもの。

少数精鋭というように、閉鎖性のある環境の方が、
どんな作業も集中して進み、効率はあがるもの。
少人数の優れたひとが得意分野を発揮しあって、
ひとつの場所に集まり活動をします。

そして、
そうした少数の精鋭の「仕事」が大きくはばたき、
世界にひろがり地球規模で人類全体に貢献してゆくのです。
社会の仕組みや構造改革で、
一気に世界を変えるのだ!
・・などという主張は、実は幻想なのではないかと思います。
一人の優れた人がまず変わって見せることで、
周囲に伝播してゆき、世界は変わっていくものなのです。
たぶん。


米ドラマ「BONESー骨は語る」の、天才の巣窟、
BONES博士のラボとかをイメージしてしまいましたw