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2015/03/20 うお座30度 「巨大な石の顔」

うお座30度
「巨大な石の顔」 The Graet Stone Face.


顔というものは本来自分のためのものではなく、
目の前の誰かに差し出すためのものなのかもしれません。
お互いが、お互いの鏡として機能する・・・。

石でできたその顔はもう今日以降、
二度と変化することはありません。
笑顔は笑顔のままに、
眉間の皺もそのままに、
頬を流れる悲しみの涙もそのままに、
その瞬間の怒りもよろこびも悲しみも保存されるのです。

魔女の呪いで石化して眠る森の美女のように、
固く重い石のような目覚めることのない眠りは、
ある種の死を象徴しています。

死は生命の終わりであり、あらたな生命の誕生を呼びこむものでもあるのです。
12サインの世界をぐるっと一巡して今日この日うお座30度は世界を閉じます。
うお座が閉じるとき春分点の扉がひらき、新しいおひつじ座が目覚める。
今日はうお座が死んであらたにおひつじ座が生まれる、生まれ変わりの日なのです。

もしもわたしが、あなたの笑顔を望むなら、
わたしがあなたに向かって微笑めばいいのです。

それを、どうやったら、あの人は笑ってくれるだろうか?と、
あの人が特別で、大事であればあるほどに、
考えこんでしまうことに、エゴの罠があるのかもしれません。
でも、その罠があるからこそ、人間劇場、
泣いたり笑ったり、出会ったり別れたりの、
感動ドラマが生まれるのです。

どんなに大人になったって、
一度や二度悟りの境地を垣間見たところで、
生きてる間は、ドラマが終わることはないようですよ、
楽しみましょう、自分自身の人生に恋をするように感動を!



メグ・ライアンもトム・ハンクスも、ぷっくりつやっとして初々しくて、うまそうだ!

2015/03/19 うお座29度 「プリズム」

うお座29度
「プリズム」 A prism.

陰と陽、光と影の法則があります。
精神世界で「二極化」という言葉がよく使われますが、
それはこの原理のことを、たいていは中途半端な理解で語っています。
闇なきところに光はありません。
どちらか一方をとることは自己の半分を捨てること。
光を見つめて、光の世界に自らが遊ぶためには、
自分自身が闇に堕ちるしかないのかもしれません。
光の何たるかを知るために闇に身を置き、
闇の暗さを感じるために自らが影になる。
光を見つめるためには、自分自身が闇であるという条件がある。
個人がそれぞれ自分の選んだ体験をする場所がこの地上の世界。
そして、それは光と闇のどちらの場所をとってもいいのです。
光と闇が統合された場ではすべてがひとつのものになり
「わたし」という個は存在できないのですから。
我々は、この二極を経験しつくし、知り尽くすために生まれてきたのですから。

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2015/03/18 うお座28度 「満月の下の肥沃な庭」

うお座28度
「満月の下の肥沃な庭」A fertile garden under the full moon.

満月に輝く庭の豊穣の女神。
新月の祈りが実る満月のもと、静かに息づく土に根付く植物たちよ。
日ごと夜ごと満ちる月の下、豊かに肥えた大地には、
この世の森羅万象、すべての事物に滋養を与え、
育むための必要な要素が凝縮されている。

わたしのほんとうの望みはなんであるのか、
いまはまだわからなくてもいいのかもしれません。
ありきたりな日常の、
日々の眠りと欲望の充足を、
自然体で生きること、月の本性をいたわることを。
あるがままの自分であることを、ただよろこび享受する。
肥沃な庭を味わい楽しむつくす。
そのとき、
未来は向こうからあなたを迎えに来るでしょう。

2015/03/17 うお座27度 「収穫の月」

うお座27度
「収穫の月」 A harvest moon.

春の新月にまいた種が、秋の満月に収穫される。
手間をかけ世話をした分だけ報われる、収穫はその報酬であるのです。

今なにが自分に起きていても、
それはあなたが自分で選択した結果なのです。
これまで選択してきたすべての結果が今という結晶。
あなたが本来持って生まれた才能や考え方の癖、
それらがいまあるすべてを形作っている。
だからいまある現実を見つめることです。
そして、
この現実こそが自分の選んだ運命であると自覚できたなら、
喜びとともに運命は、あなたの力強い味方となることでしょう。

2015/03/16 うお座26度 「影響を分割する新月」

うお座26度
「影響を分割する新月」 A new moon that devides its influence.

新月は闇
信念に従い、ひとり孤立の中で力を蓄え、
立ち止まらずに目的に向かう姿をあらわしています。
新月は新しいサイクルの始まりであると同時に、
それ以前のサイクルの終焉を意味します。
それはスタートであるとともに、
なつかしい馴染みあるものとの別れも意味するものであります。

ひとが自分らしくあることに純粋に、目的に向かって生きてゆくとき、
必然的に出会いや別れを繰り返していくことになります。
夢に向かい別の道をゆく愛するものを去るに任せ、
黙って見送る大きな優しさを持つひとです。
それは自らもまた自分の理想や夢に忠実に生きているからできること。
生命の流れの中でひとつところにとどまって、
固定されて生きることは、実はとても不自然なことなのです。

2015/03/15 うお座25度 「聖職の浄化」

うお座25度
「聖職の浄化」The purging of the priesthood.

聖職者は、世俗の垢にまみれた一般の人々を、聖なる教えで浄化する。
聖職者は、物質主義と精神主義の間に立って、
神と人との間をつなぎ、人々を教え導くものであり、
精神的に清廉であることが重要だとされます。

物事に対しても、結果はどうであれ、
神聖なる動機をもって行うことがもっとも重要であると考える。
そのため下世話な現実問題を軽視してしまい、
そのことによって、思想的に偏った未熟さを露呈することもありますが、

地上に聖なる教えを根付かせて、聖地を具現化するために清濁を合わせ飲む、
動機のみならず結果のために自己を整えることを試行錯誤していく。


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2015/03/14 うお座24度 「人の住んでいる島」

うお座24度
「人の住んでいる島」 An inhabited island.

その島はあまり大きな島ではありません。
海に囲まれた小さな土地で、
人々は肩を寄せあい、助けあって暮らしています。

自然の一部としての自分自身、
地球の一部としての人間のあり方を、ある種の理想の姿としてみてゆく。
多種多様な人々が交錯して、感情のるつぼとなった都会の街より、
草原や田園風景の中にいることを好む傾向があるかもしれません。

犬や猫や虫や、木々や石たちと心を通わすように、
自然から恵みを受けとることに、しあわせと満足を感じます。
自我を押し出すのではなく自然体で環境に溶け込み、
虚飾を取り外した素直な自分自身でいること、
自分らしくシンプルに生きることに価値をおきます。


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2015/03/13 うお座23度 「精神主義的な現象」

うお座23度
「精神主義的な現象」 Spiritist phenomena.

世界の全ては夢である。
いま、この目に見えている現実を支えているのは何なのか?
それは、
現実の目には見えない、神秘の世界なのではないでしょうか。
全ての形あるものは、
元をたどれば形を持たない、
誰かの精神のうちにあるイメージだった。
もや~っとした形のない、夢のようなものだった。
ひとの生み出す夢が、全ての形あるモノのタネであるのです。

理想を実現するために行動してゆきます。
自分の理想を、
信念のもとに実生活の中で形にしようと努力をするひとです。
人間の世界に存在するすべての形あるものの土台には、
形を持たず目にも見えない「精神」が息づいています。
どんな物もまずだれかの頭に中に、心のなかに思い描かれ、
それが種となって形になっているものなのです。

2015/03/12 うお座22度 「シナイから新しい法則を持ち降りてくる男」

うお座22度
「シナイから新しい法則を持ち降りてくる男」
A man bringing down the new law from Sinai.

よく知られている既存の知識に異なる素材を組み合わせ、
あらたに全く新しいものを作り出します。
そしてその新たな情報を知恵として、
人々に提示し、分かち合い、日々の暮らしに役立てる。
情報を情報で終わらせないで、
使える道具として機能させてゆくことに尽力します。

人々がよりよい環境と関係を築き、共に生きる秩序をもたらすために、
神から授かった十戎を携えてモーゼはシナイ山から降りてきました。
神話的英雄としてのモーゼの、ここでの使命はなんだったのか?
険しい山から石版を持ち帰るよりも、
モーゼにとって大きな仕事は他にありました。
全く新しい知恵を持ち帰り、人々に秩序をもたらし、
抵抗に負けずそれを人々に伝え理解させ、みんなの日常に浸透させること、
そしてそれをひろめてゆくということなのでした。

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子供の頃に、福祉会館みたいなところに集められて見せられた記憶があります。

チャールトン・ヘストンのホロスコープ
昭和一桁世代の洋画ファンなんかには神ですが、
昨今は全米ライフル協会会長としても有名なのでは。
火星、木星、天王星、怒らせると怖そうな?
この乙女座火星はともすると過剰防衛気味になる。
水の三角は木星、冥王星、天王星、愛情深い神でしょうが、
権威主義的で歯向かう異分子は排除しなくてはなりませんね。
みんな持ってるなら、自分が持たないでいる理由がない、
みんなの中で一番いいライフルを俺は持つぞ、
そして、普及して行くぞーっていうかんじでしょうか。

2015/03/11 うお座21度 「小さな白い羊と子供と中国人の召し使い」

うお座21度
「小さな白い羊と子供と中国人の召し使い」
A little white lamb, a child and a Chinese servant.

ちいさきものよ苦しみをよろこべ、
かなしみをよろこび、
しあわせをよろこび、
すべての体験をよろこび楽しめ、
なんじがうちにわれはすみたり

新しい可能性を直感でつかみとり、
みずからが行動するとき、ガイドがあらわれる。
ひとが、
夢やビジョンの言葉にならない呼びかけに答え、
形のない予感を正しく受け取り、
その道に沿って行く覚悟を決めたとき、
おおいなる見えない手、援助の光の手が差し伸べられる。
うまれたままの心をもった自然体のこのひとは、
本当の祈りの力を知っている人なのかもしれません。

2015/03/10 うお座20度 「夕食のために用意されたテーブル」

うお座20度
「夕食のために用意されたテーブル」 A table set for an evening meal.

家族だから、友たちだから、同僚だから、
そんなふうに身内だけをひいきすることなく
いま目の前に立っているそのひとを、
善意で包み込むことができる、それがうお座の愛のかたち。
特定の誰かではなくそのときたまたま出会った人を、
縁ある人として大切に扱うことが自然にできる。
そして、彼らが必要とし望む物を自分のテーブルからとりわけて差し出す。
損得を離れひとに親切にしたことは、いつか巡りめぐって自分に戻ってきます。
人を助けることは自分をたすけることであるという、宇宙の摂理をよくしっているひとです

寒い日に温かいスープをふるまうように、
同じテーブルについて同じ鍋のスープを飲み、
ともに過ごす時間が互いをつなぐ絆になっていく。
自分だけのものなど何もないと知り、
持てるものをすべて分け与えるとき、
ひとは全てを手に入れることができるのかもしれません。

2015/03/09  うお座19度 「弟子を指導する巨匠」

うお座19度
「弟子を指導する巨匠」 A master instructing his pupil.

巨匠は自分が歩いてきた道を見せることで弟子を指導する。
体験を言葉で伝えるには限界があることを、
自分の体験から知り尽くしているからなのかもしれません。
そして、そのことこそが、巨匠が巨匠たるゆえんであり、
カリスマ的な指導力のリソースなのです。

カリスマはそこに存在しているだけで人々に貢献しています。
巨匠がその場所に存在することが教えであり、
他者を介在せずに、そのままの巨匠の姿を1ミリも変えることなく、
伝えることが教えなのです。


ある世界を深めてしまったひとは、
そこにあとからやってくる者たちを、
正しく導くという役目を背負うことになります。
誰に強制されるわけではなく、そのことは自然のなりゆき、
宇宙的な法則として、なるべくしてそうなってゆくのです。
教えることは教えられること。


師が弟子を選ぶのか、弟子が師を選ぶのか?
それはどちらであっても同じこと、
弟子と師は互いが互いの鏡であるのかもしれません。




2015/03/08 うお座18度 「巨大なテント」

うお座18度
「巨大なテント」 A gigantic tent.

地球はひとつのおおきなテント。
わたしたち地球に生きとし生けるものすべてのいのちは、
この地球という巨大なテントに集い遊ぶ仲間なのかもしれません。
テントという枠を設けてその中で祭りのどんちゃん騒ぎ。
この中では思い切り大騒ぎして楽しむのです!
ここならやりすぎても大丈夫、テントの外に迷惑はかかりません。
ほらほらそこの、テントの隙間から、
ご近所の人たちが何事か?と覗き見をしているようですよ~

わたしたち地球に生きとし生けるものすべてのいのちは、
この地球という巨大なテントに集い遊ぶ仲間なのです。
地球という巨大なサーカステントは、
実は、宇宙の中でも特殊な遊びの実験場として有名だとか、
というのは知り合いの宇宙人から小耳にはさんだトリビアです。




映画のなかで交錯しすれ違う主人公たち。
その本質は、ひとりの人間の内で起きているドラマだ。
わたしの中の純粋な受容性ジェルソミーナと、
わたしの中の粗野なザンパノと、
ザンパノと敵対してしまう気のいい綱渡り、
最期に残るのは愛と悲しみ。


2015/03/07  うお座17度 「復活祭の歩道」

うお座17度
「復活祭の歩道」An Easter promenade.

復活祭、イースターは、イエス・キリストの復活を祝う日
春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日
その日の朝は、
人々は早起きし新しい服を着て町に出て新しいサイクルを祝う。
イースターエッグとイースターバニー
復活祭は季節の切り替わる節目の晴れの日

ひとびとの無意識領域にアクセスして、
心の奥に隠された衝動を解放させるようなアイデアを考えつくよ。
人の心を煽り混乱も起こすけれど、
そのことが刺激となり、生命力を再生させる。

祭りのパレードが賑やかに通ったあとの歩道には、
目も当てられないほどゴミが散乱しています。
どの時代、どの国でもそれは同じこと。

普段の暮らしの中では、人だれでも他者の目を気にして、
後片付けのことを考える振りをして行動しています。
でも、祭りのときだけは特別なんです。
あしたできることは今日しなくてもいいじゃない、
まだ来ていない明日のことを悩み煩うことをやめ、
この瞬間をいま、おおいに笑い歌い踊り楽しもう!

人々が集ってごちそうを食べ大いに騒ぎ、
積もり積もった日頃の鬱屈を吹き飛ばし気を晴らす。
そうして元気を取り戻し、またたいくつな日常に帰ってゆく。
それが祭りというものでした。

神と人が一緒になりあそぶ祭りは、日本では無礼講といいますが、
この考え方は万国共通にあるとものだと思います。



テキトーにゴミが散らかり、雑草が生えた講演に地域猫が闊歩する、
そういう隙のある空間が癒しを生むのではないでしょうか。
あまりにきれいに整えられた環境は、息苦しく生きにくい。

2015/03/06  うお座16度  ひらめきの流れ

うお座16度
[ひらめきの流れ」The flow of inspiration.

ひらめきはインスピレーション
ひらめきは霊感
ひらめきは天の啓示

あ、わかった!
あ、そうなのか~!
あ、これ、おもしろい!

突然降って湧いてくる、あ、って思うその瞬間
あなたは自分自身がそのとき一番必要とする情報を引き上げたのだ。
見えない流れに静かに釣り糸を垂らしてじっと待つ。
あ、釣れた!という瞬間の驚きと喜びは、
自分にしかわからない感覚的なもの。

いいこと思いついた!
ねえ、見てみてー!
子供が大人を悪戯で驚かせるように、
たのしいことやおもしろいことを、思いついてはやってみせ、
人々を驚かせ楽しませる不思議ちゃん。
自由気ままに見えないものに対する敏感な感覚を発揮して、
直感とセンスで人の気持ちを掴みます。

2015/03/05  うお座15度 「部下の訓練を準備している将校」

うお座15度
「部下の訓練を準備している将校」
An officer preparing to drill his men.

物語に参与する。
まだこれから、いまからはじまる物語り。

まっさらな状態から教えること、伝えることの難しさに直面します。
自分自身の経験を伝えるために、相手に合わせて相手の立場や状況を配慮しながら、
柔軟に対応してゆくのですが、
おなじ経験のないひとに自分自身の経験を伝えることは困難です。
そして、そこにあきらめと使命感との葛藤があります。

将校は実戦経験のない部下に、実戦の厳しさを教えこまなくてはなりません。
しかし、訓練で死と向かい合う戦場の緊張感を、
戦場を知らない部下に伝えることはなか難しいこと。
伝えることの難しさを感じつつ、
それでも大切なことは伝えなくてはならないという覚悟があります。
部下のレベルに合わせ、あきらめずに細かなことからひとつづつ、
将校は丁寧に伝える努力をしていきます。

学ぶことと教えることはとても良く似ている。
どちらもがむしゃらな頑張りだけでは限界を迎えます。
習得できるまであきらめないで続けること、あきらめないこと、
できるまで待つという、準備の期間の忍耐がたもてるかどうか、
それが一番重要なことなのではないでしょうか。

2015/03/04  うお座14度 「キツネ皮をまとった女性」

うお座14度
「キツネ皮をまとった女性」 A lady in fox fur.

自分たちの大切なモノを力ではなく、知恵と情を操り守りぬく。
女性は限りない受容性を象徴し、
きつねは虎の威を借る計算高い賢さをあらわしています。
自分を前面に押し出して賢さをひけらかすこともなく
優雅なコートの下に爪と牙を隠し通す見えない静かな力。
女性たちは優しさという暗示を武器に、
言質をとらないようにあとをのこさないよう間接的に干渉し
舞台の裏から人の心を操作して
密かやかにしたたかに知略をはりめぐらせるのです。
言うなれば、魔術的水使い。

貴婦人は、
品よく優雅な毛皮の鎧で身を守る戦士なのです。


2015/03/03 うお座13度 「博物館にある刀」

うお座13度
「博物館にある刀」 An sword in a museum.


アーサー王とエクスカリバー、スサノオとあめのむらくもの剣、
世界中に聖剣伝説は存在しています。
語り継がれる価値のあるものが生き残り神話になる。

伝統を受け継ぐ者として大きな力を与えられます。
集団意識から代表として選ばれた者として特権を得るわけですが、
それは同時に責任ある立場になることでもあり重荷を背負うことでもあります。

スサノオもアーサー王も、死と隣り合わせの冒険の末に聖剣を手に入れ、
その旅の過程で成長を遂げて、
虚飾を織り交ぜた伝説の王になり語り継がれることになりました。

剣は男性性父性と知性を象徴し、客観的で冷静な判断力を意味します。
それはわかりやすい優しさとは遠いところにある、
抑制の効いた愛といえるかもしれません。
スサノオがやまたのおろちを退治して手に入れたあめのむらくもの剣は、
時を経てヤマトタケルに受け継がれ草薙剣となりました。
そのあとも、平家とともに壇ノ浦に沈んだという伝説がありますが、
ほんとうのところはわかりません。
聖剣はあるべき場所にいまもあるのでしょう。

2015/03/2 うお座12度 「新参者たちの試験」

うお座12度
「新参者たちの試験」An examination of initiates.

新参者とは直接的にはあらたによそからやってきた者という意味ですが、
集団にとっては外部から入り込む異質なもの対する好奇心や警戒心がふくまれ、
招かれざる者という側面も持つ。異邦人、ストレンジャー、旅人、
大きくは体制に対する個人という意味で、
新参者はアウトサイダーに通じる異質さを集団の古参者に与えます。
アウトサイダーはマンネリ化した集団に新しい風をかき回して去っていく者。
新参者がその地に溶け込み定住できるかどうかは、
受け入れる古参者と新参者、両者の勇気と覚悟によって決まるものかもしれません。

自由でいたい!という個としてのこだわりは、
集団にとっては逸脱でありただのわがままです。
自らのこの強い自我を飼い慣らせなければ、新参者は集団に溶けこむことはできない。
逆に言うと、より大きな集団にはいることで、客観的に自己を知る機会を得るのです。
そもそも新参者が新参者として、集団に入るのはそこに彼の望むものがあったからです。
古参者から入団の試験を受けることは、物事の達成を邪魔する自分の傾向、
プライドの高さに気づき修正する絶好のチャンス。
自分では気づけなかった潜在力を発見するきっかけになるかもしれません。

2015/03/1 うお座11度 「光を探している男たち」

うお座11度
「光を探している男たち」 Men seeking illumination.

男たちは閉塞した日常に風穴を開け、未来に向かう突破口を開こうと先を急ぐ。
うお座の初期からこれまで育んできた感情や情緒を、
ひとつにまとめ統合していきます。
自然のままに放っておくと、雲のように掴みどころがなく、
まとまりなくひろがり続ける柔軟なうお座の心を、
知性という目には見えない光の手で、ひとつに織り上げていきます。
伝統に裏打ちされた究極の知恵を求め探索の旅に出て、
その過程で得た智慧によりトータルな自己にまとめあげる。
究極の智慧を求めて自己の全てを犠牲にしても飛び込む決意、そして探究心による行動力。
本当の価値を知っているひとです
。それはあまり一般的には知られていない古代の智慧の体系であったり、
あるいは誰もが嫌がる作業の中にあるものだったりします。
それが困難であるほど、険しい道であるほどそこに真の価値を見出すことでしょう。