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2015/10/08 てんびん座17度 「引退した船長」

てんびん座17度
「引退した船長」A retired sea captain.


もう後戻りできない過去への追憶、追想、後悔、反省、
もうやり直すことは出来ないけれど・・・、
考えをめぐらせることで思慮深さが培われます。
観察と分析から生まれる客観的な視座。
そして、すこしばかりセンチメンタルな水の感傷をふりかけて、
老船長は若かりし過去の栄光への想いや、
やらなかったことや、やらかしまったことへの後悔や、
言いたくて、言うべきだったのに、
言えずじまいになった言葉など、
失敗や後悔を胸の内側にかかえながら、
でもあまりひとに開示することはなく 堂々巡り、
ひとりで反芻しているのです。

船を降りた船長は、なにしろ時間だけはたっぷりとあるから。
役目を離れ、仲間からも距離をおき、彼は過去を反芻し、
記憶を整理しより分けて、いま流行りの回顧録を書いてるところなのです。
誰しも、今自分が属している場の中にいては、気づけないことがあります。
一歩退いてみる、
輪から出て外から内輪を眺めてみる、
距離をおいてみる、
立場がかわると態度も見る目もかわり、
本質に近づくには、内からと外からの2つの立場から見ることが必要なのです。

2015/10/07 てんびん座16度 「流されてしまった船付き場」

てんびん座16度
「流されてしまった船付き場」A boat landing washed away.

船は岸につけて繋いでおかないと、間違いなく漂流してしまいます。
やさしさ、おもいやり、共感力のつよさゆえ、
情に流されて、客観的に人の悩みを聞いていられない・・・
という優しさを持ったひとがいます。
他者とともに悩むことを望み、
自らすすんで他人の問題に巻き込まれ困った困ったと言うひとがいます。
親切心で迷子を保護したつもりが、
気づいたら自分が迷子になっていた、そんなひともいるでしょう。

そして彼らは他者から影響を受 けすぎて自分のいるべき場所を見失う。
彼らはいつもすすんで境界を超えて、
他者の感情に深入りしてみずからも深く傷を負う。
この人は、人生の節目において、ときおり間違った相手を信頼する。
けれども、彼らはその傷のプロセスにおいて、
人間に対する深い洞察力を身につけていくことになるのです。
間違えること、傷つくことは無駄ではなく、
傷つかなくては、知ることができない大切なことがある。

人間関係は、どちらかの一方的なゴリ押しで築くことはできません。
力では人の心は開けない。
他者に巻き込まれることと、他者を巻き込むことは、
突き詰めてみれば同じ ことであるのです。
ひとは危険を察知しながら、その危険の渦に自分から飛び込んいく。
嵐のさなかに船着場へと、船が流されていな いかと心配して見に行って、
波にさらわれるひとのような心理と、おそらくそれは共通している。
刺激がないと生きていられないのが人間なのかもしれません。

2015/10/07 てんびん座15度 「環状の道」

てんびん座15度
「環状の道」Circular paths.

 朝日とともに目覚め、月のあがるのを見て眠る。
くりかえしくりかえし、ぐるぐるぐるりと環になった道をゆく。
デイ10年?そんなのんびりみえる生活の規則性を尊びます。
同じことの規則的な積み重ねが、ひとつひとつの物事を
着実に、効率的に完成完成へと導く。
のんびりと規則的に同じ道を通っているようでいて、
その道は螺旋にわずかですが確かな手応えを持ちながら上昇していく。
一針一針、毛布を編むような、丁寧な継続のなかで、
ひとは本当の力を身につけます。
その力は自信をうみ精神の安定をもたらすでしょう。
繰り返しのリズムが生みだすはたらきは、
心理的にもふかい影響があります。
物事は、動作も繰り返すことで身体に浸透し無意識に落とし込まれる。
そして、それはやがて自分自身の根源的なものとつながりをもつようになり、
職人的な技となってゆく。これはある種の悟りを得る道であるのです。

2015/10/06てんびん座14度  「正午の昼寝」

てんびん座14度
「正午の昼寝」A noon siesta.

シエスタの夢が答えをくれる。
活発な昼の活動で、疲れた心身を回復させる正午の昼寝。
緊張のあとにくる緩和、ストレスリダクション。
日々の暮らしのくりかえしの中で蓄積しゆく疲れを、
回復させる自然なパターンをもつことの重要性。
表層的なことではない本質的な知恵を、 深層からとってこれるひとです。 昼間考えて考えて、考え尽くしてもわからなかった問題のヒントが、 その夜の夢に現れた・・・という話はよくあるもの。
お風呂にはいってリラックスしているときにアイデアがひらめく! ということもよく聞くお話し。
直観やひらめきは、目覚めた意識のときではなく、 ぼんやりとした瞬間やふとリラックスした瞬間に落ちてきます。 期待しないでぼんやりと、ゆったりかまえ待つともなく待つ時間、
日常のなかにいながら非日常を使う、そんな昼寝というキーワードは、 瞑想やヘミシンクでの変性意識状態をイメージさせます。

2015/10/05  てんびん座13度 「しゃぼん玉をふくらませている子供たち」

てんびん座13度 
「しゃぼん玉をふくらませている子供たち」

シャボン玉を吹く子供。
夢、あこがれ、イメージ、ファンタジー
きらきら光るシャボン玉、太陽の光を反射して
風に吹かれて弾けて消える。

子供のような遊び心の純粋さと、ふくらむ夢の短い命。
ゲームに夢中になる子供のように、
クリアが早いか飽きるのがはやいか・・・
いつだって、
ひとつだけひとりだけに深く関わることはできません。
多才であり、多彩。
子供の柔らかな感受性と移り気さ
しゃぼん玉は瞬感のきらめきとはかなさのもつ美しさの表現、
どちらも遊びの要素と永続性のなさをあらわしているようです。
瞬間で消えてゆくからうつくしい。


しし座9度 「ガラス吹き」Glass blowers.とちょっと似ています。
しゃぼんだまとガラス玉。 火の固定宮、
創造衝動のしし座の中に風を吹き込み形を与える。
ガラスは固定的で永続性がありますが、
てんびん座は風の活動宮で忙しく移り変わっていくもの。
上に登ることよりも、下に深めることよりも、
横に広がり飽きる間もなく消えてゆく、そのはかなさを愛おしむ。

2015/10/04 てんびん座12度 「鉱山から出てくる炭坑夫」

てんびん座12度 
「鉱山から出てくる炭坑夫」
 Miners emerging from a mine.



知識への執着力が深い集中力を養う。
ふかく深く集中して考えて、納得する答えを見つけるまで、
強いこだわりをもち続け探求していきます。
その姿はまるで、炭鉱夫が貴重な宝石や金属を求め、
鉱山の暗く狭く閉ざされた地下の鉱脈、
未踏の領域に分け入るような、危険な作業。
長い時間のなかで幾層にも積み重なった硬い岩盤を、
自らの手で掘って宝石を採掘し、
炭鉱夫は地上の光の下に出てきます。
ひとのこころの深層に眠る才能という、
泥の中の原石の微かなきらめきを頼りに坑道を伝い歩く。
それはいつも、とても根気のいる危険な作業でした。
他者の目には石と見分けの付かない原石を、
危険を犯して掘り出せるのは、自分の源泉に対する信頼と、
信念にもとづいた行動だから。

学究の徒、知的探求力に寝食を忘れる研究者。

2015/10/03 てんびん座11度 「眼鏡ごしに覗き込んでいる教授」

てんびん座11度 
「眼鏡ごしに覗き込んでいる教授」
  A professor peering over his glasses.

眼鏡ごしにのぞき込む教授の目は、
生徒の目の高さに合わせるため。
教える生徒の理解に合わせて伝える努力をしてゆきます。
自分のもっているもの、知識や体験、
これまで培ってきたものを教えたいと願う、
教えたことが伝わり理解された時の満足感。
教えることの喜びを知っている。
それと同時に伝えることの難しさも知っている。
教えるため伝えるために自分の知識を深める事、
それとともにある、教えることのプライドと喜び。
こうすればもっとよくなるのに・・
ここを改善すれば完璧なのに・・・
好意から周囲のひとや友達に教えたくなって、
関係がギクシャクすることもありがちで、
真意の伝わりにくさを認識することがあるはすです。
あなたがもしも、だれかに対してもっとこうしたらよくなるのにとか、
こうするべきだと相手に対して強く思ったならば、
まずあなたがそうするべきなのかもしれません。
たとえ教授であろうとも、学ぶことにおわりはないのですから。



2015/10/02  てんびん座10度 「危険な流れを抜け安全な場所にたどり着いたカヌー」

てんびん座10度
「危険な流れを抜け安全な場所にたどり着いたカヌー」
A canoe approaching safety through dangerous waters.

ここでは人間関係の「嵐」に遭遇することにより、
客観的な視座を手に入れるに至ります。
人間は、自分が嵐に遭ってはじめて、
嵐に対してとるべき正しい態度を知るのかもしれません。

危険な状況を乗り切るためには、情熱的な精神論より、
冷静な思考が必要になるでしょう。
自分の力では抵抗しようのない激流に巻き込まれ、
生きる希望を見失うのは、巻き込まれることによって、
現在地、自分のいまの居場所を見失うからかもしれません。
激しい波の水面は荒れ狂っていても、
水面深く水に潜れば静けさにたちもどることができ る。
どんなときにもそのことを忘れないでいるよう努めましょう。
内面的な静けさを養い保つこと、
そのために冷静な観察者を自分の中にもつこと、
自分の問題や他者の悩みをよくよく観察し、
その悩みの中に没入しないでいるには、
物事を、大きな括りで考えることが求められる。
自分自身と感情を分けて考えてみる、
そういう客観性をもつことが必要なのです。

2015/10/01てんびん座9度 「アートギャラリーに掛けられた3人の巨匠」

てんびん座9度
「アートギャラリーに掛けられた3人の巨匠」
Three old masters hanging in an art gallery. 困難に遭遇したとき、選択に迷ったとき、 ひとは自分自身について深く考える。 そして、 もっと自分をよく知るためには、 客観的な視点をもたなくてはいけないと、 他者の目線を自分の中に意識することになる。 自分を知るために、自分の価値観からを離れ、 過去の先達の通った道を参考に、客観的な自分を知ろうとします。  歴史に名を残した三人の巨匠の3つの作品が、 アートギャラリーに展示されているわけですが、 三人の巨匠とは複数の「先生」をあらわしているようです。 そして、その先生をモデリングするために、 それぞれの違うところと似たところ、彼らと自分をとを比較する。 そこで得られた情報を元に人生を最適化していくというイメージです。
ギャ ラリーに名を残し、業績を展示されるような「巨匠」というのは、 あるひとつの分野にそびえる金字塔のような存在でしょう。 専門の分野において抜きん出た才能を発揮して、 数々の業績を残して、多くの門下を輩出するような「師匠」に違いない。 そして、そこには、歴史に残る賢人や偉人、 マスターと呼ばれるよう な存在も含まれるでしょう。

2015/09/30 てんびん座8度 「荒廃した家の中で燃え盛る暖炉」

てんびん座8度
「荒廃した家の中で燃え盛る暖炉」
A blazing fireplace in a deserted home.


あるじが去って、誰もいない廃れた家の中心でなお燃えている暖炉の炎。
その炎があらわす希望の灯りは再生と復活のシンボル。
一度は挫折しあきらめた夢に、ふたたび取り組もうという意志。
挫折から蘇った人特有の強さというものがあります。
夢を捨てたことへの後悔がその意志を強くしているためかもしれません。

低く狭い視点しかもつことのできない人間には見えないものがある。
失ってはじめて知ることができるそのものの本当の価値。
そのものの真の存在価値を知るためには、
どうしても一度完全に、そこから離れる必要があるのかもしれません。
孤独の縁にひとり沈みこんでいる時でさえ、あなたを待っているひとがいる。
あなたには帰る家がある。そこにはいまも、暖炉が燃えている。
そのことを知るために、目覚めるために、あなたはあの時、家を捨てて旅に出たのです。

2015/09/29 てんびん座7度 「ヒヨコに餌をやり、鷹から守る女」

てんびん座7度
「ヒヨコに餌をやり、鷹から守る女」
A woman feeding chickens and protecting them from the hawks.

守られるヒヨコと守る女。
餌となるヒヨコを狙う鷹。
守るべきものを持つ者を攻撃者は嗅ぎつける。
捕食者と餌となるものとの関係性。ここには空高く飛ぶ鷹と、
土の上をひょこひょこ歩くヒヨコ、その間に立つ女という構図がある。

土に根付いた安定した幸福と、外からやってくる想定外の要素。
それは情報でありコミュニケーションであり、
いずれにしてもあたらしい刺激となることでしょ う。
幸福感と安心は月の眠りに依存して成立するが、それは退屈と同じ意味。
日々の手入れを怠るな、努力せよ精進せよと鷹は知らせる。
おわりのない毎日の生活に埋もれ、安心し過ぎると怠惰に流れ、
やがて全てがなし崩しに壊れていく・・・
けれども忘れるな、いつか終わりはくるのだと。

望みを叶え手に入れたところから攻防が始まります。せっかく手にしたものを失うことをおそれて人は守りに入り、安全な塔の中に自閉していきます。 危険を避け安定と維持だけを主張するところには老いの衰退あるのみ。出会いの刺激なきところ新しい成長もありません。時にはひとの言葉に耳を傾け取り入れてみ る。自分の中にすでに完成しているバランスをあえて崩す、そうした勇気が必要です。光の中に闇の効果を取り入れる発想の転換が、進化のためには重要なこと なのです。

種をまく春の頃、おひつじ座20度「冬に鳥にエサをやる少女」というシンボルがあります。てんびん座7度はそのシンボルと通じる部分がある。いまは収穫の秋、少女は大人の女性に成長しました。彼女が冬の寒さと飢えから守り切った鳥の子孫であるヒヨコたち。そのヒヨコに餌をやり育て、ヒヨコを狙う鷹といい外敵から愛情の保護で守っている・・・。そんな物語の展開もイメージできます。

2015/09/28 てんびん座6度 「男の理想が多くの結晶に変わる」

てんびん座6度
「男の理想が多くの結晶に変わる」
The ideals of a man abundantly crystallized.

あなたの理想がイメージになり、それが結晶化し形ある存在に変容してゆく。
理想という夢は、現実化されるまでは絵のなかの餅とおなじ。
絵はそのものに直接触れたり食べて味わうことができませんが、
形をもたない理想のイメージ、イデア といったものが、
実在の存在にさきだって無形のものとして、この世界では存在しています。
見えないものが見えるものを支えているという、
そういした仕組みがいつでも どこでも働いているものです。
うつくしい結晶の代表であるような、宝石であれ雪の結晶であれ、
その形のうつくしさの元となる多様さという ものは、
熱や冷気や水や空気の働きの条件の多様さによって生まれてくるわけです。
現実の条件に合わせて調整を加え、理想を実現化させる。
自らに閉じ困らずに他者と関わり環境とかかわり、
自己を対応させてゆくという、積極的な柔軟性をもっています。
天秤座は秋分点がはじまりで、秋分は秋の実りの収穫の季節のはじまるところ。
春分点のおひつじ座でまかれた種が育ち果実となります。
これはまいた種が花になり果実になるという、願いが結晶となり現実化するときなのです。

2015/09/27  てんびん座5度 「心の内面の知恵を教える男」

てんびん座5度
「心の内面の知恵を教える男」
A man teaching the true inner knowledge.

たがいが互いの違いを認め、語り合う。
相手の話を聞く耳を持つことで、最適な答えがもたらされます。
信頼できるひとに気持ちを語ることで、考えが整理され、洗練され、
それにより、自然な形で希望が実現に向かう。
自分の本当の気持ち、自分の想いを自分の心の内に閉じ込めず、
そのひとになら安心感を持って吐き出せる・・・
そういう人間関係を持てることは、何よりも代えがたい宝物。

自分の内なるおもいを打ち明けるには、しっかり相手を選ばなくてはいけませんが、あなたは4度のキャンプファイヤーでおなじ火を囲む旅の仲間に出会うこと ができました。本当の気持ちをさらけ出せる仲間に恵まれ深い交流が生まれます。話しているうちにお互いが、自分のもっとも求めていた最良の答えを受け取ってゆく。教えることは学ぶことであり、問うことそのものが答えのありかを予め指し示すように。そう、話すことは聴くことであるのです。あなたが一番うまく教える ことができること、それこそがあなたが一番学ぶべきことであり、あなたが一番知るべきこと、そして一番あなたが知りたいと願っていることであるのです。

2015/09/26 てんびん座4度 「キャンプファイヤーを囲むグループ」

てんびん座4度
「キャンプファイヤーを囲むグループ」
A group around a campfire.

キャンプファイアーを囲むグループ
おなじ目的を持って共感しあい信頼しあう仲間の輪。

暗い夜にともされる光が陰影をもたらす。
焚き火に照らされる友の顔の光と面と影の面。
一つの炎を囲んでいると、太陽の下で話しにくい打ち明け話が、
だれからともなくはじまるのです。夜の静寂に密やかに・・・
ここだけ の話だけれど、本当の気持ちはこうなんだ、
実はわたしもそうなんだ!昼間には生まれない、
濃い感情が互いの間に生まれ、互いの距離がぐんと縮まり、密度を増す。

炎はひとの意識を瞬間的に原初の海辺や森や草原に還してしまう。
ひとは身体を寄せ合い言葉少なに語りあう。
ひととひとが本当に分かり合うために、たくさん の言葉は必要ないのかもしれません。
重要なのは彼らとわたしが同じ光を見つめていること、そのことを確認しあうこと。
そして、それは、互いが同じ道の 上にいるという証明であるのです。

2015-09-25  てんびん座3度 「新しい日の夜明け、すべてが変わった」

てんびん座3度
「新しい日の夜明け、すべてが変わった」
The dawn of a new day, everything changed.

夜明けの薄闇から日の出への、 ダイナミックな変化を想像してみてください。 みずからのなかに、他者を積極的に受け入れることで、 人生が大きな変化を遂げる・・・ それはまるで人生の夜明けのようであることでしょう。
どんなに長く暗い夜にも、 どんなに甘美で美しい夜にも、 ひとしく朝はやってくる。 夜には夜の、 昼には昼の顔を持ち、 そのときどきの人生を生きる。 なるがまま時の流れに任せ自然体でいることこそが、 すべてがうまくいく秘訣であるのかもしれません。

2015/09/24 てんびん座2度 「六番目の部族の光が七番目のものに変質する」

てんびん座2度
「六番目の部族の光が七番目のものに変質する」

コール&レスポンス、
6から7へと飛び込んでゆくプロセス。
鏡の中から呼ぶ声に応えて飛び込んでゆく。
6度はそれぞれのサインらしいスタイルで、
環境・他者と関わっていくよ。
てんびん座は無意識に周囲を観察してる、
そして、求められる姿を察知して演じてる。
てんびん座のそれがスマートなスタイルの作り方。空っぽで純粋。
先入観を捨てたなら可能性は無限大。
崖の縁に立つそのひとは自分が誰かもわかっていない。
だから求められるままに応じてみてやってみるだけ。
ただ呼ばれたから答えるだけ。
とりあえずやってみるよ、走り出したらわかるだろう。
だってやってみないと、自分に何ができるのかわからないでしょ、

2015/09/23  てんびん座1度 「突きとおす針により完璧にされた蝶」

てんびん座1度
「突きとおす針により完璧にされた蝶」

ひとからどう見られているか?
ということが、とても重要になってきます。
ある特定の場所に針で固定された蝶は、
蝶の姿のそのままに、蝶のなかの蝶代表として、
誤解しようのない蝶の個性を打ち出しています。
おとめ座で個人の能力を試して存分にのばしたあと、
天秤座では他者とまじったときの自分、他者の目、
見られている自分を自分自身が意識して形作ってゆく。
敏感に周囲の人々を観察し、空気を読んで、
人びとの求めに応じて演技で答えるサービス精神もあり、
人との関係性の中で自己を確立してゆくのです。
どのサインの1度も、そのサインらしさがわかりやすく打ち出されています。
その有りようは、より個性的に見えますが、
天秤座は、あたかも標本箱の中にはねを広げて固定された蝶のように、
「わたしを御覧なさい!」と言わんばかりに、
「こう見られたい」と意図通り、わかりやすく自分自身の個性を、
見るひとに提示しています。