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2015/06/30  かに座8度 「服を着てパレードするウサギたち」

かに座8度 「服を着てパレードするウサギたち」 Rabbits dressed in clothes and on parade. ウサギは好奇心旺盛でお調子もののムードメイカー 7度の妖精がウサギになり人間の服を着て、 人間のまねをしてパレードに並び、自己主張。 妖精もウサギも自然界の住人ですが、 妖精は型にはめることができません。 ここはうさぎが自分の理想の誰かを真似て、 その気になって背伸びして、 頑張ってるうちに理想の自分に近づいてゆく、 そんなモデリング度数になっています。 好奇心旺盛だけど、ウサギは怖がりの慎重派。 敵の多い昼間よりも夜に活動します。 弱いけれど強い生命力をもっている。 間違わないよう、列からはみ出ないよう、 上手に真似て仲間に馴染みます。 遊びたい!楽しみたい!という本能を、 理性で抑えて自らを型にはめる「しつけ」の意味もありますが、 ここでのそれは、外から押し付けられたものではなく、 素直な夢見る気持と憧れが自らを駆り立てる、 そんな衝動によるものなのかもしれません。

2015/06/29  かに座7度 「月明かりの夜の二人の妖精」

かに座7度 「月明かりの夜の二人の妖精」Two fairies on a moonlit night. 自然界に棲む妖精は、いつだって子供たちの友達。 妖精は忙しい大人の目には見えないから。 いつの時代も、子供の方が、 大人より自然の摂 理に従って生きている。  でも、大人になっても、 妖精と遊んだ子供時代を覚えているひともいます。 大人になったいまも、そのひとは、 密かにこころの中に幼なじみの妖精をすまわせている。 そして、子供のような、好奇心にわくわくするような、 そんな気持ちを周囲の人々に呼び覚ます役を演じてる。 好奇心と遊び心、それを現実からの逃避だと批判する大人は、 大人意識と子供心の間で揺れる、自分自身を外に投影し恐れてる。 ファンタジェンの逆照射を恐れている。 夜の闇を明るく照らす月の明かりは、 昼間は大人の顔で隠している子供のこころ、 人間の本質をあらわに浮き彫りにします。  

2015/06/27 かに座6度 「巣を作る猟鳥」

かに座6度 「巣を作る猟鳥」 Game birds feathering their nests. おもいのままに空を飛ぶ、鳥としての自由を捨てて、 親鳥は雛を守り育てるための巣を作り整える。 それは本能であり、無償の愛であるのです。   そんな親鳥のように、 わたしたちも自分の本来の能力を脇に置 き、 誰かや何かのために働くことが一生のうちに何度かある。 自分が属する集団や、家族や、仲間のために、 自分の自由を投げ出して必要とされる働きをする、 そんな時期があるものです。   そのために、主体性や積極性といった勢いは、 損なわれるかもしれませんが、 その反面自分のことを後回しにして、 他者をサポートするという、母性的な受容性、 ムードメイカーとしてひとをまとめる能力が強化されていく。 そして、そうした縁の下の力持ちの的な働きから人々の信頼を得て、 チャンスを自分のものにしてゆくのです。  

2015/06/26 かに座5度 「列車に破壊された自動車」

かに座5度 「列車に破壊された自動車」An automobile wrecked by a train. 思いがけないキッカケで人生のシフトチェンジが起きてくる。 個人のテーマが失われ、より大きな流れのなかに巻き込まれてゆく。 そのための修正と調整。 たくさんのひとを乗せた大きく頑丈な列車と、 個人の乗った自動車が衝突すると、列車も傷つき、 自動車は大破し、運転者は深刻な怪我を被るかもしれません。 現実的に見たとき、 この体験は大きな打撃、悲劇と見るほかはなく、 失敗や挫折として誰の目にも映ることでしょう。  しかし、この危機は大きなチャンスでもある。 破壊された断片を集め、修正と調整を重ね、次の機会に備えるか、 列車にそのまま乗り込んでしまうか・・・。 寄らば大樹の陰、他力本願、長いものにまかれて、 主張しないほうがうまくいくというふうにも読めますが、 個人としての努力をせずに人任せにしているだけでは、 なにかを成し遂げて人々に貢献することはできません。 捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、 大きな目的にまっすぐにぶつかっていく、 自分よりはるかにおおきな列車にぶつかっていく勇気のことを、 ここでは、言っているのじゃないかな、と思ったりします。

2015/06/25 かに座4度 「ネズミと議論するネコ」

かに座4度 「ネズミと議論するネコ」A cat arguing with a mouse. 猫とねずみが互いの視点をいれかえる。 ひっくり返しが起きるとき、世界は大き変わってしまう。 小さなネズミを相手に大きな猫が、 身体をまるめて弱気になって、ネズミの理屈にタジタジとなる。 ネズミに痛いところを突かれた瞬間に、 自我が揺らいで意識 と無意識の境界のガードがゆるむ。 そのとき、 いままでみたことがなかった世界に、猫は足を踏み入れる。 強気で闊歩しているときには気づけなかった世界に気 づく。 ねことねずみが入れ替わる。 大と小が入れ替わり大が小になり融合する。 蟹座の集団性に深くコミットしていく段階です。 集団に溶け込むことで新たな気 付きとチャンスを得る。  さて~トムとジェリー 本当はどっちが強いのか? 犬と喧嘩して負けたら勇者、ネズミをいじめたら犬の獄卒の煮る釜に直行、 アメリカらしい保守的な発想だなーと思いました。 まあでも仔猫はもんくなし!天国行き列車最優先ですにゃ!

2015/06/24  かに座3度 「毛深い鹿を先導する毛皮に包まれた男」

かに座3度 「毛深い鹿を先導する毛皮に包まれた男」  A man bundled up in fur leading a shaggy deer. 不慣れな道で迷ったら、直感に従う。 みずからの内の野生に問いかけ、 場の空気を読み取って流れに従う。 迷ったときは小さな自分の思考で策を弄さずに、 起きてくる自然の流れに任せて乗ってみる。 自分自身 の素直な感情したがうことで、 正しい方向に導かれていくということがあります。  自分を今日まで育み支えてきたバックグラウンド、 母なる生命のルーツの導き、その密かなささやきに、 耳をすませてみよう。 その小さき声は、本能そのもの。 そして本能に至る道は感情にあります。 毛深い=野生=本能的 鹿は人間の社会の規範で生きるものではないので、 精霊のような存在(毛深いし)を象徴しているのかも。 仏教では出家者は頭を丸めるといって、髪の毛を剃り落としますが、 神道では自然体のボサボサ頭のイメージがあります。 仏は自我を落とすたえめに丸めるし、伸びる髪は業であるとか、 神道では、神は髪、髪は霊性のアンテナとして働く・・・ そんな話は聞いたことがありますが、本当はどうなのか? ご存知のかたがいらしたらご教授いただきたいと思います(=゚ω゚)ノ

2015/06/23 かに座2度 「広く平らな場所の上に吊るされた男」

かに座2度 「広く平らな場所の上に吊るされた男」  A man suspended over a vast level place. 広い場所は視野の広がり、 それは思考を越えて、 自分の身体を超えて、いまここを超えて広がり展開する。 広い場所につるされた男は身体の自由がきかない分、 見ること、聞くこと、考えることに忙しい。 でん実的には行動的にはなりにくいですが、 そのぶんおおきな思考場をもつ。 広すぎてどこか一つのところに集中することができなくて、 自分自身を中心にした考えは持ちにくいので、 他者の感情や、その場の環境に流されやすいかもしれません。 広い視野から豊かな可能性を見つけ出す力を持っています。